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人生生きているだけ。

毎日の生活で疲れているだけ。

ただ仕事に行き、何を想っても仕方がないとある意味考えることすらやめたくなる。

その先、人と関わる事ももうすでに面倒で疲れると感じることも増える。

所詮は人は信じても裏切る。

自分の都合の良い時だけ利用して、何かもう気に入らないと思えば、即切り捨てる。

こんな上司ばかりが会社に媚びて必死に自分の地位を守り続ける。

新卒が見ても呆れるほどの管理状況に結局は、どこの会社も同じと何だか自分が仕事に費やす時間と人生の無駄を感じる事がある。

もうこんな人生なら、正直終わりにしよう。

転職とか退職なんてことを考える生活そのものから解放される事を選びたい。

こんな時間にたどり着いたあなたは過去の私と同じなのかもしれない。

これまでにも仕事をやめたいという悩みについては、以下のような内容を書いてきました。

仕事やめたいブログの活用法

仕事辞めたい人から学ぶべき対象やブログの見極め方注意点

うつ病に追い込まれた体験もご紹介しています。

うつで会社の仕事辞めたい!既婚でも追い込まれたアラフォー転職体験

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会社を辞めたいが言えないという悩みの解消法についてもご紹介しています。

仕事辞めたい時言えない

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もちろん多くの人は、悩む時間の中でも人生生きていくためにお金が必要で、そのために仕事が必要。

こんな事を考えて何とかやめた後には自分の悩みが今よりかは少ない会社に転職しようと考える。

しかし、一方で精神的な心の傷や悩みや徐々に人間を内側から病を作っていく。

うつ病に悩み苦しむ人の数が増えているのがその証。

精神的に弱くなったから?

そんな情報はあくまで本当に相手の事をきちんと見ていない人が自分のやりたいように働いている環境を誇示するための発言でしかないと私は感じる。

私のサイトは、40代男性女性が自分の個性を活かし、自分らしく生きるための考え方を伝えたいという考え方から運営しています。

20代30代40代と歳を重ねても結果的に人は同じようなことを悩み続けていると私は感じる。

仕事、転職、貯金、ファッション、恋愛、結婚、離婚、プレゼント。

先の見えない状況に心が壊れかけてる人が増え続けている状況。

就職した先で本当に生きがいを見出して働くことができる人はほんの一握りしかいない。

何を言われても所詮は他人ごとにすぎない程度の内容しか伝えない。

当たり障りのない社交辞令の塊に人間性なんて言葉はもうないのかもしれない。

所詮弱肉強食を自分の力で勝ち取るのではなく、どう利用して生きていくのか?

こんなタイプがのさばる状況を働く先の職場の中で一緒に働いている人間から感じたらそれは本当に地獄だろうと思う。

今回の記事では、仕事をやめたいし死にたいとずっと考えた頃の私がその先にたどりついた幸せを感じてる環境へのルートを以下の項目でご紹介していきます。

仕事やめたいししにたい時の状況体験記

仕事やめたいししにたいを救った体験記

仕事やめたいししにたい人が感じるべき事

自分が死ぬことをある意味憧れの念で抱く心はいつの時代にも必ず一定数はいると私は思っている。

でも生きている間の話で結局はこんなことがあったら考え方も少しは違うのかもしれないという出来事があった。


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仕事やめたいししにたい時の状況体験記

仕事やめたいし死にたい

私自身も決して今まで恵まれた環境ばかりに育ってきたわけではない。

多くの人が私の過去に何があったのかを聞くとよく生きていられたねと簡単に言ってくる。

でも実際、私自身の行動は別に生きたいからやってきたことではない。

ただ単にその状態になった時にも常にこんな人が自分の価値をとやかく言うのはなんかおかしいという気持ちを持って対処を続けてきただけだ。

実際に何があったのかを少し話をしていきたい。

仕事やめたいししにたい時の労働状況

私は結局はほとんど一匹狼の状態で過ごしてきた。

自由にやってきたというのは少し違う。

誰も引き継ぎや一緒にその仕事をやろうなんて気も全く持ってくれない。

誰かがやればいい。

面倒だからやりたくない。

なぜ自分が?

こんな働き方を好む人ばかりがいるような環境で私はある意味お金の為だけに働き続けた。

そして、その中の事を上司が対処するか?

これが多くの人が人間関係で上司を好きになるかどうかの瀬戸際になる内容に似ていると思う。

私のそばにいた上司も私の事を考えることは微塵も見せなかった。

「男なんだから」

「結局は自分の為なんだから」

そう言い続けて、自分の利益が減ると「俺の利益の為に働くのが当然だ」という内容を告げてくる。

何を考えているのか?という答えには簡単だ、自分の利益しか考えない人の思考だ。

この内容に対して、自分の技量もキャパも関係なくどんどん同じ給料の中で結局一人にすべてを押し付ける縮図が出来上がっていった。

何を悩んでいても誰も一緒に考える事をしてくれない。

同じ状況を経験しようなんてことは誰も考えないし、考えたくもない感じを見せる。

結局は、人は居心地のよい場所を確保できれば、自分以外の人がどういう辛い状況になってもどうでもいい。

これを毎日のように繰り広げられた先、結局は楽をする人とすべてをこなす精神的に背負う人のバランスが完全に崩壊していった。

ある意味、頑張って我慢する意味とか続ける価値を完全に否定し続けられる環境。

ブラック企業という体質に多い問題だ。

 

仕事やめたいししにたいを救った体験記

仕事やめたいし死にたい改心のきっかけ

楽を求めない人にすべてを押し付ける。

そして、頑張ってやっている間も誰も認める事もありがとうすら言えない。

こんなダメ企業のなアでやっていって、人間不信になり、何も言えない状況を強いられ、言葉にできないような苦痛と先の見えない不安に押しつぶされそうになる。

そんな時、私がやってこれたのは、実際に死を迎えた仲間の存在だった。

嫌な職と言われ続けた分野での生きがい探し

私の親友が30代でこの世を去った。

最後まで自分の闘病を明かさなかった。

実際lineやsnsでのやり取りにも何も自分の今の問題を口にしなかった。

その理由は3つ。

奥さんはこう死の連絡をもらえた時に告げてくれた。

  • 今の仕事をしている中で嫌な事があったりした時に比較するような表現を聞くのが嫌だった。
  • 自分の死を迎える世界観を本当にいなくなってから聞くことが大事なんだと思う。
  • 死を待つしかない状況に至った時の最後を知らない人が安易に自分の死を求めるなと言いたい。

こんな事を死んでから、その連絡の時に周りに伝えてほしいと言われたそうだ。

言ってる事は確かに正しいと思う。

結局は多くの人は現実から逃げるために死を選びたくなる。

私自身も辛い病気の経験をしてきた。

他人は元気で何気なく日常で外を歩き走ってゲームなど好きな事をしている。

病床にいる自分を比較した上での幸せの価値なんて何も考えていない。

本当に人は頭でわかっていても、本当の意味での死ぬことへの悲しみを抱える事の意味や大きさを理解しようとしていないのかもしれない。

生きているということの価値を忘れるな

背負えない。

この言葉を本当につらい状況で自ら命を絶つ人達は口にする。

しかし、一方でこんな言葉も私にはかなり意味のある言葉として聞き届けたことがあった。

「ある意味、死にたいと行動できる人が一番強い」

何をいっているのか最初はよく分からなかった。

でもこの人の伝える下のような補足に納得した。

「健康な状態でも病気の人も絶対自分で命を絶つ道の方が圧倒的に険しい」

苦しむかもしれない。

失敗するかもしれない。

将来はもっと違う形でその状態を受け入れなければいけないかもしれない。

こんなすべてを背負いながらの状態で決断を出来る。

ある意味、すごい勇気があるという理解をその人は伝えていた。

もちろん、命を絶つことを尊いという感覚とは違う。

あくまで、自分を知る事だけでなく、周りの相手の印象も将来知る事になった時の反応もすべて先を読んでも決断することが出来る強さ。

これは、安易に死を望むのとはけた違いの勇気を必要とする。

こんな風に話してもらえるきかいがあった。

この人も実際に、身近な知り合いが自らで命を絶ったという経験を持っていた。

やはり、身近な死を親や親族ではなく、自分の信頼する仲間から経験しているとその先の考え方は変わってくると思えた。

その人の分まで生きるという言葉がある。

これがある意味背負うという意味なのかもしれない。

でもそのくらい結局は今の自分をどこか違う視点でとらえる心の場所を作ることが救いのヒントになる気がした。

 

仕事やめたいししにたい人が感じるべき事

仕事やめたいし死にたい時に気づくべき事

実際に経過はどうであれ、今は自らで人生の幕を閉じる人は増えている。

確かにこの内容をサイトなどで読んだ瞬間、自分が悩んでいる時にはうらやましいと思える時もあると思う。

しかし、結局は仕事をやめたいことと死は直結しないという事を伝えたい。

ホームレスからでも人生は再出発できる

結局その人にとっての無難な人生設計の道から多少外れた事に対して、いかに自分が悩み苦しみ、抜け出せないほどの精神的な苦しみを背負ってきたのか?

まさに、自分を悲劇のヒロインにして伝えている時間がどうしてもあるのだと思う。

でも本当に大切なのは、結局は他人ではなく、自分自身。

暮らしが成り立たなくなるという言葉も結局は何かの方法で絶対生きられるような道は出てくるのです。

なんでこんな状態で生かされている?

こう思ったら、この言葉を思い出してほしい。

「まだ死んでいいほど人生であなたはやるべきことを終えていない」

結局は、他人に自分の死を判断してもらっているような感覚がどこかにあるのだと私は最近感じている。

やりたいことを道半ばでも諦めなければいけないと言われるのが、死の宣告。

でもそういう時こそ人はこう言う。

「闘う」と。

その理由はなぜか?

そんなに今が幸せだからなのか?

これは決してそうではないと思う。

今の自分がなんでもいいからやっておきたいと思う事があるからだ。

頭の中でそれを無理と否定しても諦めきれない内容が残っている。

そんな時ほど、結局は道半ばでその人の人生は最期を迎えるような時が来る。

こういうのは、別に特別な事をしている人たちだけではないと思う。

簡単に言えば、子どもが何歳まで生きたいとか結婚して孫を見るまでは!

こういう言葉も生きがいの1つ。

眠れない事が辛い。

この言葉も本当に死が怖い人は目が覚めないのではないかという不安が原因になっていく。

こんな辛く険しい感じの時間と同じ状態だろうか?

もちろん自分の精神の器を超えるストレスの量は人により違う。

でも、今のあなたになら超えられるからこそ、試練は今訪れた。

この言葉もある意味、自分が本当に辛くなったら思い出してほしい。

死ぬ事は簡単ではないし生き続けることも大変。

死を対処法のように甘く考えているなら、それは想像以上に大変な内容であることも知ってほしい。

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